Key Audit Matterについて
最近では、公認会計士協会もKAM(Key Audit Matter)の啓蒙活動に努めているようなので、そこそこ名前も知られるようになってきたかもしれませんが、英国などでは従来の監査報告書の形式が大きく変わり、Key Audit Matter(監査上の主要な検討事項)について、外部監査人がコメントをすることになりました。日本では、適用開始時期が2021年3月期からとなっているようですが、シンガポールでは2016年度よりKAMが監査報告書に記載されるようになったため、私はシンガポール上場企業の財務経理責任者として監査対応をすることになり、いろいろと貴重な経験をさせていただきました。具体的な対応事項については、公認会計士協会や監査法人が詳述してくださるかと思いますので、ここでは導入にあたってシンガポールでいろいろあった出来事についてコメントしたいと思います。
まず、日本の監査法人が今後どういう対応をとるかはわかりませんが、シンガポールの監査法人のほとんどは、監査報酬の値上げを提案してきました。KAMの開示にあたって、監査人の責任は大きくなる。それでもって、その責任を果たすために対応しなければならない業務も増え、工数も増えることから報酬を値上げさせていただきたい。そんな論調だったかと思います。幸いなことに、私が責任者を務めていた時の監査法人は、報酬の増額をしてくることはありませんでしたが、噂ではほとんどのシンガポール上場企業が10%程度の増額を提示されたとの話を聞いたことがあります。また、これから監査法人によるセミナー等も増えることが予想されますが、その中でもことさらに工数が増えるということはimplicitlyにアナウンスされることになると思われます。
しかし、Key Audit Matterを記載しなければならないから、監査報酬が上がるというのは少し変だなと、被監査会社側からすれば思ったものです。何しろ、被監査側からすると、監査人に求めるものはただひとつ。公表する財務諸表の合理的保証なのです。監査上の主要な事項を開示することにしたのは、あくまでも監査人側の事情であって、正直、被監査会社からすれば余計な作業ともいえます。しかし、監査のフレームワークにかかる決定権は、被監査会社側にはありませんから、監査人側が主体的に情報開示をすることに関しては何とも言えません。被監査会社のマネジメントの立場からしても、「どうぞご勝手に」という心境だったのですが、こういった事情で監査報酬が増えるのは納得いかないものがありました。
それから、もうひとつ。一般的にKAMを開示する理由として、投資家側の要請に基づくものだという議論がされることが多かったような気がします。どんなセミナー(シンガポールで行われたセミナーです)でも、KAM開示の論拠としてそんな話がされたように記憶していますが、正直、私はCFOとして投資家と対応する中で、KAMの話が話題になったり、投資家がそのようなことを気にしている素振りなどは全く感じませんでした。だから、監査人側や会計士協会などが、KAM採用の論拠に投資家を持ち出すことに関しては、むずがゆいような違和感を感じます。
いずれにしても、今後、監査法人がKAMのセミナーなどを開いて、2021年に向けて世論をあおっていくものと思われるのですが、上場企業の財務経理担当者はこういった傾向に惑わされないように、しっかりと投資家とのコミュニケーションをとっていってほしいと思っています。